2015年08月11日更新
嵐・大野智伝説まとめ
ジャニーズの中でも数々の伝説を残してきた大野くんの武勇伝をまとめてみました。
大野智伝説①
大野くんはジャニーズJr時代つちのこと呼ばれていた!?
これは嵐になる前のジャニーズJr時代大野くんは他のJrより早く舞台の仕事をしていたためです。
その舞台とは、京都で行われてた「KYO TO KYO」というもので、1日6公演するとてもハードな仕事だったようです。
そのせいで、関西圏ではJr時代からとても人気があった大野くんですが、嵐として東京でデビューした際の認知度は最も低かったようです。
大野智伝説②
二宮くんの中で大野くんのイメージははなほじり!?
大野くんはJr時代いつでも鼻をほじっていたらしく、二宮くんと初めてあった時も鼻をほじっていたそうです。
また、観客を前にしても堂々と鼻をほじっていたというエピソードもありさすが大物といった感じですね。
大野智伝説③
ダンスの天才!?プロ並みの腕前!
大野くんはダンスが得意と有名ですが、その才能はJr時代から発揮されていたようです。
櫻井くんが初めて先輩であるV6のバックダンサーとして出演するさい、社長であるジャニーさんに大野の後ろで覚えて覚えなさいと言われるほどダンスが上手だったようです。
社長からの信頼もあったんですね。
また、大野くんは普段見せる歌の振りやヒップホプだけでなく、ジャズダンス、カポエイラ、ジャグリング、殺陣、アクロバットパントマイムなど、数々のパフォーマンスを身につけています。
大野智伝説④
生まれた時から伝説を作った!?
大野くんは出産時へその緒が体に巻き付いた状態で生まれてきたそうです。これは、命の危険を伴う大変なことで、大野くんも全然産声をあげなかったそうです。
そこで大野くんのお母さんがほっぺをずっと叩いているとようやく産声をあげたというエピソードがあります。
何事にも応じない大野くんもすごいですが、ほっぺを叩き続けたお母さんもすごいです!
大野智伝説⑤
大野くんの影の努力!?
大野智伝説①でも書いたとおり大野くんはJr時代京都で舞台をしていたため東京での認知度が他の嵐メンバーと比べ低いことを自覚していました。そこで大野くんは、デビュー後他のメンバーとの人気の差を埋めるべくファンレターへの返信を熱心に行ったり、ライブなどではファンサービスも積極的に行っていました。その結果が今の大野くんの人気と嵐の躍進の一部の要因となっているんですね。
大野智伝説⑥
粘土大好き!?
以前ある番組で松本くんが大野くんと仲良くなるために共通の趣味が欲しいと話したところ、大野くんが「粘土やろう!」と即答。
松本くんも苦笑いで「じゃあ、やる?」と返していました。
さすが、芸術家タイプの大野くんです。そんな、大野くんを理解しているメンバー同士仲良いですね。
以上、大野智伝説でした。